(1) テクストとしては、ドイツ語版(Derrida [1991])を用いた。これはアレクサンダ ー・ガルシア・デュットマン(Alexander Garcia Duttmann) によって仏英対訳版より翻訳されたものであるが、デリダ自身が目を通して修正・加筆しているので、オーソライズされたテクストと見なしてよいだろう(もっとも、「オーソライズされたテクスト」という言い方自体が、デリダにはそぐわないものなのかもしれないが)。 なお第二部に関しては、丹生谷貴志による邦訳がある(「法の力」、『批評空間』7、福武書店)。ただこれは仏英対訳版に基づいているため細部において異なった箇所が散見されるし、また翻訳自体にも多少問題があるように思われる。とはいえ第二部より引用する際には、やはり同氏の訳を参考にさせていただくことにする。
(2) 田中[1994:192f.]では、正義の内容をポジティブに規定しなくとも、不正義を告発することは可能だし、またそれで十分であるとの「消極的アプローチ」の立場を取る論者として、J.
R. ルーカスやフラーの名が挙げられている。
あるいはForkosch[1968=1990:98]は、正義概念を思想史的に辿りつつ、こう結論を下している。「……たとえ正義の追求方法や内容に関して疑義が出されるにせよ、繰り返し主張される普遍的な理念としての正義は想定することが許されるだろう。つまり、正義の源泉や定義が明確でなく、その実質的内容が多くの者から拒絶されるとしても、正義はその理念を体現する用語として用いられるのである」。
(3) ルーマンにも、ほぼ同じ趣旨の議論を見いだしうる。「決定が存在しうるのは、原理的に決定されえない(決定されていない、というだけでなく)ものが存在する場合だけである。さもなければ、下されるべき決定はすでに決定されているのであり、あとはそれを『認識』すればいいだけだ、ということになるだろうから」(Luhmann [1993:308])。
(4) この後に続く文は、こうである。「脱構築そのものも、それが存在するとしても、やはり脱構築できない。脱構築は正義である」(Derrida [1991:30 ])。もちろんここに論理の飛躍があると、指摘することはできる(ナメクジもクラゲも内骨格をもたないからといって、ナメクジがクラゲだというわけではない)。しかし少なくとも、デリダが脱構築を、「ケセラセラの(あるいは、何でもありの)相対主義」として構想しているわけではないということは、確認できるはずである。
(5) Cornell [1995c:39f.]では、同一性と「未来の想起」の関連という同様の議論が、ラカンの「鏡像段階」との関連で展開されている。鏡像段階の幼児が、鏡に映った自分の姿を見て喜びを感じるのは、そこに未だ達成されていないもの(統合された自己)を見いだしうるからである。この喜びは、未来を投企することによって生じてくるのである。これは幼児に限らない。人格の統一性にとっては、想像の領域(the imaginary domain)における投企が不可欠である。われわれは、未だ存在しないものの投企に基づく人格のこの統一性が、しょせんはイマジナリーなものにすぎず、またしたがってきわめて傷つきやすいということを知りつつも、それを擁護しなければならないのである(カントのas if として)。
(6) 偶発性定式の他の例としては、学システムにおける制限性(Limitationalitat、すなわちある概念の否定が、同時に他の概念のポジティブな規定にも貢献するはずだとの前提)、宗教システムにとっての神、経済システムの稀少性、政治システムにおける公共の福祉(Luhmann [1990:396])、道徳にとっての自由(ibid. [1988a:192])、教育における教養ないし学習能力(ibid.[1993:218])が挙げられている。
(7) 実はコーネルのルーマン批判は、単純な誤解に基づくものであるとも言える。ルーマンは正義を、法システムの二分コードのポジティブな値として定義している というのが、コーネルの理解である(Cornell[1992:116])。つまり、法システムにおいて現実に生じるあらゆる作動は、justice / injustice
の図式によって振り分けられ、規制される、と。だからルーマンにとって正義はあくまで法システムの内部に位置し、法システムを現状に則して再生産していくにすぎないのであって、変革の契機として働くのではないとの結論になるわけだ。
しかし法システムのコードがjustice / injustice
(正義/不正義)であるというのは、ルーマンの英訳者による用語選択に基づく議論にすぎない。ルーマン自身は法システムのコードとしてrecht/unrecht
(合法/不法)を挙げており、そのポジティブな値であるrecht
と、法システム総体に関わる偶発性定式としてのGerechtigkeit
は明確に区別されているのである。
(8) 馬場[1995]ではこの点を、逆方向から論じておいた。すなわち、閉鎖性を批判する論者が対置する開放性が、実はそれ自体閉鎖性の一形態にすぎないのではないか、というようにである。
(9) したがって、脱構築がごく形式的に理解され、また特に善きものの投企から切断された「否定神学」の部分のみが受容された場合には(それが現にアメリカの文学研究の分野で生じたことだったのだが)、ほとんどルーティン・ワークと化してしまうことになる。あるいは、実際に行っていることはまったく平凡なのに、「脱構築」というタイトルが付与されるだけで何か新しい試みであるかのように考えられてしまうのである。この点についてはすでに多くの論者によって指摘されている。例えば柄谷行人の発言。「それで、このあいだサイードと話したときに、『ディコンストラクションのことをどう思うか』と聞くから、『あれは正しいけれども退屈だ』と言ったら、『まったく同感だ』と言ってましたね」(柄谷[1987:189])。
(10) 一例として村中[1996:205f.]を挙げておこう。「同一ではなく、差異から始める理論的オリエンテーションは、われわれの生活感覚にきわめてフィットしている。その理由の一つは、われわれ人間は、むしろ共通性よりも差異を日常的に体験していると言えるからである。
諸個人のパースペクティブが相違しているからこそ、社会システムは形成されうるし、また形成されることを必要とする。社会科学が秩序形成をそのテーマにしてきたのは、相互に食い違いうる人間という把握を基礎にしているからである」。もちろんこれはルーマン理論のある側面の忠実な解釈ではあるのだが。この点についてはまた後で触れることにしよう(第6節)。
(11) 馬場[1994]では、複雑性概念に関しても同様の問題が生じてくるということを示しておいた。すなわち、これこれの対象は複雑であって単一の特質によっては捉えられないという言明そのものが、それ自体単一的な特質を表すものとして登場してきてしまうのである、と。
(12) ロールズ自身の文章も引用しておこう。「……不寛容な宗派は、〔寛容派=多数派の、自分たちへの態度が〕不寛容であるといって自ら苦情を申し立てる資格をもっていないが、寛容派が、自分自身の安全や自由をもつ制度の安全が危険な状態にあると真面目に、理由をもって信じる〔!〕時にのみ、不寛容派の自由は制限されるべきである……。寛容派は、この場合にだけ、不寛容派を抑えるべきなのである」(Rawls
[1971=1979:171f. ]、〔 〕内引用者)。
(13) あるいは、イスラム学者アンネマリー・シンメルへのドイツ書籍家協会平和賞授与をめぐる問題に関する、ハーバーマスの発言も考慮すべきであろう(三島[1996:147ff.
])。
(14) アドルノの「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」(Adorno[1955=1
966:36])という言葉はよく知られており、しばしば引き合いに出される。だがこの文は、すぐ次に続く一節とともに引用される必要があるのではないか。「そしてそのことがまた、今日詩を書くことが不可能になった理由を語り出す認識を浸食する」([ibid.])。さもなければ、現代における詩作の不可能性を指摘する先の言葉が、それ自体規定可能で特権的な(閉じられた)認識を表す言明と化してしまうことになる。これもまた、もう一つの野蛮というものであろう。
(15) もう一つの例として桜井[1995]の議論を取り上げてみよう。この論文の前半で桜井は、ウィトゲンシュタイン=クリプキのパラドックスや、AI研究における「一般化フレーム問題」に言及しつつ、「価値を習得する」ことの不可能性(価値判断に関する決定不能性)を、鮮やかな手つきで取り出してみせる。ところが後半になると、にもかかわらず価値習得やそれに基づく価値判断が近似的に可能に見えるのはなぜか、との問いに答えるために、「正しさ」「強さ」「美しさ」などの価値を通用させる事実的な「手口」や「メカニズム」の分析が提起されているのである。だとすれば最初から、価値習得や価値判断という現象はそれらのメカニズムによって説明できるという立場をとればいいだけの話ではないのか。ここでの「決定不能性」=「開かれた差異」は、手口やメカニズムのレベルでの自己完結的決定性を呼び込むための露払い、あるいは例の「登り終えた後で投げ捨てられねばならない梯子」にすぎないのである。
あるいは宮台真司の記念碑的労作(宮台[1989])についても、同様の指摘が可能かもしれない。宮台はこう主張する。「複雑な社会が諸身体を拘束する高度な拘束する高度な超越的審級(道徳など)を要請するとする把握も誤りである。……高度な資本制は、権力を媒介とするその高度な自己準拠によって、そうした道徳的な基礎を代替し、不要にしてしまう……」([ibid.:12])。だが、同書で示される権力の作動連関の全体が、あるいはそれを分析する宮台の視点が、道徳やそれに関する言明と同様に、社会秩序の生産・認識を可能にする、超越的で完結した位置に押し上げられているのではなかろうか。さらこの姿勢は、「ブルセラ論争」やオウム問題における宮台の議論(宮台[1995]など)においても反復されているように思われる。だからこそ、例えば福田和也による次のような批判が寄せられたりするわけだ。宮台は、単純で空疎な理念や理想を棄てて、複雑化した現実から学び、現実に則して生きていくべきであると主張する。しかし「終わりなき日常を生きろ」という宮台の主張そのものが、空疎な理念でありお説教にすぎないのではないか、と。あるいは、宮台は前注で引用したアドルノの文章の、前半部分だけしか考慮していないのではないかと言ってもいいかもしれない。
ついでに述べておくならば、桜井や宮台の議論の運びは、クリプキの固有名論(Kripke[1980=1985
])に対するある種の解釈(誤解)に対応しているようにも思われる。すなわち、クリプキは固有名が確定記述の束には還元できないこと(決定不能性)を示した上で、固有名の通用を、言語共同体における最初の命名行為=洗礼の純粋な伝達という、事実的な「メカニズム」によって説明しようとした
との解釈に、である。しかし東[1995:91f.
]も指摘しているように、クリプキは固有名を説明しうる新たな理論を確立するために、この非現実的な想定を持ち出したわけではない(誰がそれを本気で信じるというのだろうか)。この想定の機能は、純粋にネガティブなものなのである。「クリプキは、『では何故固有名が確定記述を超えた性質を持っているのか』という疑
問に暫定的に答えるためにのみ、その想定を持ち出している。……なるほど、『洗礼』の想定は非現実的かもしれない。しかしその想定(言語の外部の想定)なしで理論を立てれば、必ずそれは間違ったものになる、これがクリプキの主張なのだ」([ibid.])。クリプキの議論ついては、第5節でまた言及する。
(16)
エスノメソドロジーに関する補論(といっても筆者はエスノメソドロジーについて
はまったくの素人なので、推測程度のことしか述べえないのだが)。多くのエスノメソドロジストが、研究対象として法およびその周辺領域を取り上げてきたのは周知のところである。神長[1996]は、それらの諸研究をフォローしつつ、こう主張している。法的言語活動の領域は、一見すると専門的かつ形式的に整備されて、自己完結しているように見える。しかし実際には「法を含めすべてのルールは解釈を必要とし、それゆえ、解釈そのものに内在する文脈依存性と相互反映性から逃れることはできず、『法の世界』の優越性という主張は維持できない」のである([ibid.:220
])。したがって法はあくまで、社会的リアリティを構成する日常的なエスノ・メソッドとの関連のなかで分析されねばならない、云々(ただし神長は、法的世界がエスノ・メソッドや日常知に還元できるとは主張していないのであるが)。だが、エスノメソドロジーが明らかにしたのは、そのような「エスノ・メソッド」なるものは不可能であること、すなわち「基底的パターンの不在」(柏原[1995:32
])という事態ではなかったのか(筆者はエスノメソドロジーを、柏原の議論に則して理解している)。
だとすれば次のように推測することも許されるかもしれない。多くのエスノメソドロジストが好んで法的領域を取り上げるのは、そこでは、高度に形式的に整備されているがゆえに、日常領域では覆い隠されている亀裂(「基底的パターンの不在」)が表面化しやすいという理由によるのではないか(個々のエスノメソドロジストが意識しているにせよしていないにせよ、である)。もしそうだとすれば、形式的に閉じられた法的領域を逃れて、緑豊かな日常生活の沃野へ向かう
という指向は、まったく倒錯しているのではないか。
しかし最初にも述べたようにこれは単なる推測にすぎない。今後の研究の課題としておきたい
(17)
ここで言う「決定不能性」は、二つの具体的な要素の混交から生じてくるのであって、単一の形式体系の内的矛盾から生じる「純粋な」それではないということに注意しておきたい。
(18) 伊藤[1991:86
]は、例えば「あとがきのそのまた注という、周辺の中の周辺、辺境中の辺境という位置は、デリダのディスクールにおいては逆転的に重要な位置を持っている場合が少なくない」と指摘している。この箇所もまたその一例であろう。
(19)
先にも見たようにコーネルは、「不可能性」で立ち止まる立場のみを「否定神学」と呼んで、不可能性を希望へと転化する自らの態度をそれから区別している。しかし否定神学の本来の意味、すなわち「神は『これではない』『あれではない』という形で表現される。これによって神が、われわれが考えたり想像したりすることのできるすべてのものとは全く異なり、これらに優越するものだということを示そうとする」(Armstrong
[1968=1990:592
]という発想に近いのは、むしろコーネルのほうではないのか。あるいはこういってもいい。不可能性を、他者をニヒリスティックに嘲笑するための根拠と見なす立場も、不可能性のうちに希望を見いだそうとする発想も、否定神学の二つのヴァージョンにすぎないのである、と。
(20)
ジジェクは、物質一般についても同様の議論を展開している。すなわち、アインシュタインの理論においては、当初は物質が実体としてまず存在しており、それが空間を歪めるという効果を生じさせると考えられていた。しかしやがて彼は、物質とはこの空間の歪みそのものに他ならないのであり、それから離れて(いわば、空間の「外部」に)存在するものではないと考えるようになった、と(Zizek
[1991:58 ])。
また、ルーマンにも同様の議論が見られることも、指摘しておこう(Luhmann
[1995c:168f.
])。「何がリアルかを、いかにして確定しうるか」という問いに対して、繰り返し与えられてきた典型的な答はこうであった。矛盾=抵抗(Widerstand)によってである、と。ただしわれわれは、矛盾は外界にではなく、システムの内部にのみあると考えねばならない。すなわちリアルなものの証となる矛盾とは、システムの作動が、同じシステムの他の作動に(つまり、コミュニケーションがコミュニケーションに)抵抗することなのである
。したがって、理論は「現実」によってテストされるのではない、ということになる。理論が理論に抵抗するところに、「リアルなもの」が見いだされるのである。ちなみにルーマンは同所で、ポール・ド・マンの『理論への抵抗』(de
Man[1986:12=1992:42 ])を参照している。
(21)
例えば、ラクラウ=ムフの、「『社会』は言説の妥当な対象ではない」(Laclau
/ Mouffe [1985=1992:178
])、あるいは「社会的なもの自体がいかなる本質も持たない」([ibid.:155
])というテーゼは、この「二つの脱構築」の間を揺れ動いているように思われる。分岐点となるのはおそらく、アルチュセールの「重層的決定」をいかに理解するかであろう。
(22)
いうまでもなくこの種の議論は問題を孕んでいる。だから軍隊のような、狭い空間での肉体的接触を伴う業務においては、同性愛者を排除すべきである
との結論に到りかねないからだ(もちろんルーマン自身がそのように主張しているわけではないが)。かつてアフリカン・アメリカンと白人との混成部隊を編成しようとしたときに、まったく同じ論法による反対論があったことを想起すべきであろう。肌の色が違い、体臭も異なる(?)者どうしが狭い空間で長時間共に過ごすことなど「不自然」であり、耐えられるはずがない、というようにである。この問題は、あくまで形式的かつ単純な人権の問題として処理可能だし、処理されねばならない。すなわち、性的指向(sexual
orientation)を口実にしたいかなる差別も許されない、と。
(23)
あるいは近年ルーマンがしばしば言及している、メディアと形式の関係についての議論が、この解釈の傍証となってくれるかもしれない。(メディア/形式という区別における)メディアとは、諸要素の緩やかで流動的なカップリングを表しており、一方形式は強固なカップリングを意味している(Luhmann
[1987:202f.],
[1988b:37])。この二つの概念と、他の諸概念(例えば、コミュニケーション・メディアや、スペンサー・ブラウンの言う形式)との関係は、現時点では明確になっているとは言いがたい。しかし少なくとも、コミュニケーションの複雑多様で流動的なネットワークとしてのオートポイエーシスがメディアに、それを一定の区別によってリジッドなかたちへと確定することとしての観察が形式に、それぞれ相当するということは容易に見て取れよう。そして両者の関係については、こう述べられている。「……メディアはそのつど実現された形式においてのみ現れる。メディアはそのものとしては、不可視である。メディアは、継続的に形式が形成されることを通じてのみ、再生産されるのである」(ibid.
[1995b:13])。
(24)
東[1994][1995]のデリダ論の核心はむしろ、多義性/散種というこの区別を確認
した後から始まるのだが、ここでは残念ながら、これ以上フォローするのを断念せざるをえない。
(25)
ルーマンは、「世界が記号使用の相関物である」という見解とともに登場した、統一性の欠如という問題に対処しようとする試みを、次の三種類に区別している(Luhmann [1995c:95f.])。
1.単純に何らかの審級を想定することによって、統一性を回復しようとするもの。カントから、マックス・アドラーの「社会的アプリオリ」を経て、ハーバーマスに到るまで。しかしそれらは致命的な(特に、政治の上で致命的な)帰結を伴わざるをえない。正しさの最終的基準に依拠する社会は、社会的差別化(Diskriminierung)のメカニズムを(われわれの議論に則して言えば、不寛容と排除を)用いていることになるからだ。もちろんそれらの間に何の違いもない、というわけではない。機能分化が進展し、社会が複雑になっていくとともに、包摂の容量が増大して排除の要素が後退していく。ついには、あらゆる者を包摂する、「外」を持たない哲学が登場してくる。カントからシェリングを経てヘーゲルへ という流れである。しかしその末裔たるフッサールにおいて、再びジプシーを初めとする「野蛮人」が排除されるようになっているということも、忘れるべきではなかろう([ibid.:138f.])。
2.それへのオルターナティブとしての、「ポストモダンの条件」(リオタール)。統一性の欠如自体を、新たな時代の統一的メルクマールと見なす、というわけだ。これが「否定神学」ないし「ゲーデル的脱構築」に相当するということは、もはや確認するまでもないだろう。
3.あらゆる行為や認識に付随するシステム言及を、そのつど指し示していく。様相論理学的に言えば、「XはYである」を、「Aは『XはYである』と言う」というかたちで補完されるべきものと見なすのである。そうすることで、可能なるもの(別の区別を用いる、別の観察者によって観察されうること)によって抵抗=矛盾(注16を参照)に直面する余地を残しておける。もちろん別の観察者によって観察されることは、相対化されることを意味するが、そこからまったくの恣意性が生じてくるわけではない。むしろ、抵抗=矛盾は、リアリティに接触する窓口となってくれるのである。この第三の立場こそ、「誰が、どんな区別を用いて観察しているのか」を問い続けていくという、「(後期)デリダ的脱構築」に相当する。
(26) このように個別的観察を積み重ねていくという方向性を、サイードとともに「世俗批評」と呼ぶこともできるかもしれない(Said[1983=1995:471ff.])。サイードが「世俗批評」の反対項と見なす「宗教的批評」とは、聖なるテクストへ依存する批評とともに、「思考の不可能性、決定不能性、パラドックスといった形態」([ibid.])を重視する批評をも(すなわち、本稿で扱ってきた「否定神学」をも)意味している。ちなみに、サイードが「宗教的批評」を実践している論者の例として挙げているのは、フランク・カーモード、ノースラップ・フライ、ハロルド・ブルーム、ルネ・ジラール、トマス・アルタイザーである。