ここまでの議論を要約しておこう。主体の統一性を相異なる事実的な諸作動の衝突へと解消しようとした〈68年の思想〉は、〈事実的な諸力−統一的主体−普遍的次元〉というひとつの軸の内部を動いていたがゆえに、結局のところ往復運動に回収されざるをえなかった。〈68年の思想〉も、フェリー=ルノーによって召還された普遍的次元のバックラッシュも、一次元的な表層/深層図式を前提としつつ、ある項目を別の項目へと差し戻そうとしているにすぎない。この往復運動によって「開かれた現実」へと到達することはできない。
「時代閉塞の現状」をもたらしているのがこれらの項目のどれかではなく、この軸(の単一性)そのものだとしたら、必要とされているのは、主体をこの軸のどこかに位置づける(普遍的構造へと包摂する、動的かつ複雑な構築過程へと差し戻す、etc.)ことではなく、主体を別のところに置くことではないか。すなわち、複数の〈個別−普遍〉の軸の間に、それらの軸の分裂=統合不可能性のうちに位置づけることなのである。
そのための手がかりを、次のふたつの議論のうちに求めてみたい。第一はエチエンヌ・バリバールの言う「市民主体」の概念。第二は、初期ルーマンにおける、基本権としての自由を社会の機能分化という事実と関連づける試みである。とはいえ後者に関しては本報告では、今後議論が展開していくべき方向を示唆することしかできないのだが。
バリバール(1989=1996)はカントに至るまでの主体概念が基本的に「君主の臣民」(超越者への服従者)であったことを確認した上で、1789年以降(「人間と市民の権利宣言」を契機として)「市民とは主体である」との新たな観念が発展してきたことを確認する。ただしこの観念が、例えば「人間は生まれながらにして平等である」といった一般的前提(バリバールはこれを「誇張命題」と呼んでいる)によって支えられているなどと考えてはならない。それでは市民主体とは、新たな一般者へと服従する存在にすぎないということになろう。今日しばしば、旧来の国民国家の枠組を破砕する世界市民主義について語られたりしている。しかしバリバールに言わせれば、そのような「世界市民主義」は、旧来の(服従者としての)主体概念の単なる拡張でしかない。
世界市民主義は、その裏返しとして、法治国家(Rechtstaat)や全体主義国家(Machtstaat)の現実の数々に対する想像上の代償であり、名誉にかかわる事柄である。それは、近代のあらゆる進歩思想の地平である理想国家(Citta ideale)という調和の夢を、世界次元に拡大することである。そこでは、世界を支配すること、つまり交換や知的コミュニケーションや分業の単一の空間のなかで人類を統一することと、人種的・民族的敵対関係の解決や最も受け入れがたい形の不平等と人間による人間の抑圧を排除することとが、一致するかもしれないと想像することができた。(Balibar 1998=2000, 20)
たいていの場合、超・国家的市民権の観念は、国家の市民権がもつ特徴の「上位の」段階への移動以外の意味をもたない。言いかえれば、この観念は、主権を行使する場所の移動だと理解され、したがって不可避に主権の集中、主権の「独占」に向かう歩みだと理解されているのである。(Balibar 1998=2000, 59)(14)
すでに繰り返し述べてきたように、この普遍化へのドライブを逆方向へと転換することによっては、つまり「同一的な枠組は仮象にすぎず、現実にはそれは無数の力の政治的闘争によってそのつど構築される」云々と主張することによっては、旧来の主体概念の外に出ることはできない。そのようなビジョンも単一のハイアラーキーの内部において投企されている以上、やがては反動として普遍的審級を再召還することになるだろうから(15)。
むしろ「市民主体」という観念の発展は、次のような一連の対立−−個別的な力の、ではなく普遍的なものどうしの対立−−によってのみ可能となったと考えるべきである(以下の1〜3は、バリバールの論述を報告者が敷衍しつつ再構成したものである)。
バリバールによれば、市民を規定するのは何らかの特質ではなく、以上の対立そのものである。この対立=区別は、市民と非市民を分けるのではなく、未決定のままで市民そのものを決定するのである。
ここでこれらの対立が、中間を考えうるような連続体の両極ではなく、「問題はまさに二律背反である」(Balibar 1989=1996, 60)ということに留意しておこう。例えば(3)に関して言えば、万人の平等を考える立場が真の普遍性に到達しえているのに対して、平等を集団のアイデンティティと結びつけようとする立場が不十分な普遍性のうちに留まっているというわけではない。両者ともが、普遍性と個別性の関係を考えるための、二つの異なる方策なのである(16)。だから後者から見れば前者は、普遍性の過剰ではなく、誤った普遍性として(例えば、「負荷なき自我」として)登場してくることになる(17)。この立場からすれば真の普遍性は抽象的な斉一性によってではなく、具体的な差異をもった諸主体が、相互をその際において承認しあうことによってこそ生じてくるのである。
したがって、「普遍性と個別性を高い次元において統一した存在が市民である」云々と主張してはならない。市民とは、調停不可能な複数の〈普遍−個別〉の軸の分裂の上に位置づけられるべき、(新しい意味での)「主体」なのである。そしてそれは、他ならぬ市民が誕生した瞬間において明確に宣言されていたことだった。
1789年の「人間と市民の権利宣言」は、切断を特徴づける決定的効果を生んだ。しかしながら……これは本質的にあいまいなテクストだった。人間と市民の権利、生まれかつ生き続ける、自由かつ平等。こうした二重性の各々、とくに最初の二重性は、起源を二分しており、正反対の読み方の可能性を秘めている。基礎となる観念は人間なのか市民なのか。宣言された権利は、人間としての市民の権利なのか、市民としての人間の権利なのか。(Balibar 1989=1996, 53)
バリバールは後者を選択する。これは選択の選択を意味する。すなわち主体を、複数の普遍化次元の間での選択を強いる存在として選択する、ということなのである。