著者自身による著作解題
1. 内容の解説(テーマと全体構成)
(テーマ)
この本では、戦後日本の出入国管理政策(以下「入管政策」)の変遷を辿ることで、日本社会における「外国人」の地位と権利の変化の過程を描写し、それらが「日本」と「日本人」なるものの範囲に与えた影響を明らかにするという課題に取り組みました。
つまり、この本はを書きました。
- いつ=戦後(1945年〜2025年ごろまで)の
- どこ=日本の
- 何=(1)入管政策の変化及びそれに伴う在日外国人の地位・権利の変化
- 何=(2)↑がどのような要因によってもたらされ、その結果どのような結果が生じたのか
それを通じてこの本が目的としたのは、入管政策と外国人の地位・権利をめぐる政策の変化が、「日本」及び「日本人」の範囲やそれに対する認識に与えた影響を明らかにすることです。つまり、この本は「日本」と「日本人」を明らかにするために、「日本でないもの」「日本人でない人々」に対して日本という国家と日本人という有権者たちが何をしてきたのかを明らかにしよう、という試みのもとに書かれました。
(全体構成)
本書は全体として、1945年から2025年までの入管政策の歴史を述べたものです。そのため、「何があった」「どうなった」の2点について、私の限られた能力の範囲で、調べてわかったことを書いています。 まず序章において対象とする入管法について簡単に内容をまとめたあと、第1章で1940〜50年代、第2章で50〜70年代、第3章で80〜90年代、第4章で2000年代、第6章で2010年代と、ほぼ年代順に入管政策の変化を、その時々の社会情勢や外交関係の変化とともに記述しました。
また、入管政策自体と直接的には関係しないものの、「日本」と「日本人」の範囲を述べる際には無視できない話題として、ヘイトスピーチと国籍法についても第5章で取り上げました。
具体的な内容としては、1945年に日本が降伏し植民地を失ってから1990年まで、日本の「外国人」というのは基本的には「日本国籍を喪失したもと帝国臣民」を対象にしてきたこと、その基本的な性質を部分的に継承したまま、しかし新たな外国人を「永住させない」という方針が1990年以後しだいに成立してきたこと、また2000年代からは新たな監視のテクノロジーが進歩することによって、「永住させない」方針が貫きやすくなったこと、という流れが描けるように思いましたので、そのように書きました。
他方で、2010年代から徐々に感じられてきた人口減少と労働力不足という課題が、2020年代に表面化してきたことを受けつつ、そこに関してはまだ「歴史」ではないため、詳しく展開していません。
日本の入管政策は基本的に、外国人の永住を前提としない(=「移民」はいない)制度になっていると評されてきました。そのような制度は一朝一夕に出来上がるものでもなければ、永遠に変化しないものでもありません。変化してきた過程を描こうと思ったのはそのためです。また日本の入管政策は1990年代を境に大きく変化したと捉えられていますが、それぞれの時代にあっては、その度に「大きな変化」が起こってきました。その変化の重なりの結果として今がある、という認識に基づいて書いています。2. 執筆の背景
本書「あとがき」にも書いた通り、この本は、前任校であるヘルシンキ大学文学部文化学科日本文化論・日本社会論の授業を行なっていた時に執筆しました。過去及び現在の日本について学びたいという願いのもと、日本に留学したり日本で働いたりする可能性を持つ外国人の学生に対して、日本が外国人をどのように処遇しているのかということを、主に英訳された政府のウェブサイトや公式見解、ジャーナルに刊行された論文を通じて紹介するのは、授業の趣旨にも学生のニーズにも沿うものであると考えたためです。
また、エスニシティ研究やナショナリズム研究において、境界に注目することで「内実」とされるものを明らかにできるというアプローチ(例えば Andreas Wimmer, Ethnic Boundary Making や Rogers Brubaker, Ethnicity without Groups)があることも念頭においていました。日本に限らず、ある地域や国の文化を学びたいと願う人にとって、「⚫︎⚫︎人」や「⚫︎⚫︎文化」は他の何かを説明する一方でそれ自体は説明されない、魔法の杖のような言葉になってしまいがちです。そんなことは大学で学ぶ内容ではありません。「これが日本人/日本文化である!」という授業より「何かが日本的である/ないとされるときに、何が根拠として用いられるのか?何かを「日本的である/ない」と述べるときに何が行われているのか?」という視点をとる方が、大学で教えるべき難易度・抽象度として相応しいであろうと判断しました。「日本文化論・日本社会論」の授業科目として「日本人の歴史」ではなく「日本で日本人ならざるものとされてきた人々の歴史」を教えるのは、学科の目的・学生のニーズ・学術的な要請の3つに答えるものであるという認識です。
2020年に着任した頃には、日本の入管政策や外国人処遇というのがメジャーな話題であるとは思いませんでしたが、私自身が他のことよりわずかでも責任を持って教えられると判断できる事柄の中で、日本との関連が明らかなものは、これ以外にあまり考えられませんでした。
その後、あれよあれよというまに「外国人問題」なるものが喧伝されるようになり、政府は本気でその問題に取り組む施策を打ち出しています。2020年には国境を越える移動自体が難しかったというのに、世の中の変化というのは目まぐるしいものですね。3. 類書との関係
在日外国人を対象とした研究は数えられないほど多くあり、どれも高い水準のものです。これらの研究が基本的には外国人の生活(就労・結婚・教育・地位達成・メンタルヘルスなど)の実態を対象としているのに対して、本書は外国人ではなく日本に焦点を当てたものです。
また外国人と日本人との関係を対象とした研究として、2000年代以降は特に、統計データを用いて外国人に対する日本人側の意識の変化を扱った研究も出されています。これらに対して、本書は基本的に、外国人に対する意識ではなく政策、中でも入管政策に焦点を当てています。
本書を書くときにまず念頭に置いたのは、書籍としては田中宏『在日外国人』であり、映画としては髙賛侑『ワタシタチハニンゲンダ!』でした。理由は、この2作は「外国人」ではなく、入管政策と日本を見ているからです。
かなり昔の、また個人的な話になってしまいますが、博士論文で入管政策を取り上げようと決めたとき、私にはしばしばあることがフラストレーションに感じられました。それは、入管政策に関するある種の「史観」です。
日本の入管政策や外国人の処遇が問題とされる時、しばしば1990年の入管法改正が大きな転換点として描かれます。そのこと自体は私は間違っているとは思いません。ですが、もし1990年入管法改正を「曲がり角turn」とみなすと、それ以前とそれ以後で大きな違いが生まれており、その「以前」「以後」の中にいくつもあった大きな変化の可能性が見落とされるのではないか、という危惧もありました。
また、何より大きなフラストレーションは、1990年入管法の以前の外国人を対象とした研究を、日本の社会学者は「在日研究」「エスニシティ研究」と呼び、以後の移民を「国際社会学」や「移民研究」と呼ぶのではないかという懸念でした。これがなぜ「懸念」になるかというと、間違った問いを在日コリアンに引き受けさせると感じたからです。つまり、1990年入管法によって、外国人の中に「オールド」と「ニュー」がいるという認識は、しばしば「在日特権」と言われた特別永住資格は「特権」なのか、そうでないのかという具体的な問い、そして在日コリアンは外国人なのか日本人なのかという、すっかり古びているのにまだ有効な問いを導くものだからです。
これは、大学院に進学した頃、まさに在特会によるヘイトスピーチが問題とされていたこともあっただろうと思います。多くの「在日特権」が実在しないと指摘された後でも、なお特別永住資格を「特権」と呼ぶ人がいます。もっと身近な例として「あなたは日本人?外国人?」「あなたのアイデンティティはどちら?」と無邪気に、あるいは誠実な意図のもとに、質問することは可能です。私が何より問題にしたかったのは、その「特権」を生み出す制度や、その無邪気で誠実な意図を発する人々が、問われないままに置かれていることです。
そのような「特権」はいかなる法制度のもとに生まれたのでしょうか。その無邪気な問いは、いかなる条件のもとで発することができるのでしょうか。誰かを「外国人」とできるのは、いかなる制度と歴史と、それに対する知識や論理のもとでなのでしょうか。その結果として生まれた立場の違いに依拠することで、初めて「あなたは外国人?」と質問できるのではないでしょうか。
私の知る多くの外国人、中でも在日コリアンの人々は、どなたも優しく、日本人を愛しています。だからこう質問されても大半の人は怒らないでしょう。むしろ積極的に、21世紀も4分の1を過ぎたというのに、カテゴリーではなくアイデンティティの話をしてくれるくらいです。でも、それ以外の道もあるのです。つまり、間違った問いには答えないという道です。苦しさを押し殺しながら笑顔であいまいに、あるいは「両方かな」などとお茶を濁すことなく、問い返す道もあるのです。「私にそれを問うお前は何者だ」「なぜお前が私にその問いを発することができるのか、考えたことはあるのか」と。
先に述べた2作は、読むもの・観るものにこの問いを突きつけます。それは、彼らが外国人でも日本人の意識でもなく、日本という国家が有権者の支持を得て行なってきた政策と、それによってもたらされてきた結果を書いているからです。だから、私も彼らと同じことをしようと思いました。彼らの関心は外国人にではなく日本社会にあります。私も、外国人に関心はありません。外国人を生み出し続ける社会に関心があります。(朴 沙羅)
目次
- はじめに
- 第1章 入管態勢の成立──1945〜52年
- 第2章 「黒船」に至るまで──1952〜81年
- 第3章 「1990年体制」の成立と展開
- 第4章 強化される管理と監視──2000年代
- 第5章 人種差別と出入国管理政策──2010年代
- 第6章 労働力の受け入れ──2020年代
- 終章 これからの選択
- あとがき
- 主要参考文献
- 入管法などの変遷
- 入管法の改廃(1997〜2024年)
著者プロフィール
朴 沙羅(ぱく・さら)
1984年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学.博士(文学)。日本学術振興会特別研究員(DC、PD)、立命館大学国際関係学部講師、神戸大学大学院国際関係学研究科講師、ヘルシンキ大学文学部講師をへて、京都大学人間・環境学研究科准教授。専門は社会学(移民研究・質的調査方法論)。
著書に『最強の社会調査入門』(ナカニシヤ出版、共編著)、『オーラル・ヒストリーとは何か』(水声社・翻訳)、『外国人をつくりだす』(ナカニシヤ出版)、『家の歴史を書く』(筑摩書房)、『ヘルシンキ生活の練習』(筑摩書房)『記憶を語る、歴史を書く』(有斐閣)、などがある。
反響とリンク
朴 沙羅 単著執筆準備作業進捗報告互助会(2024年3月-)
1990年6月1日、
改正「出入国管理及び難民認定法」(入管法)が施行
(読売新聞1990年5月31日より)
趣旨
- 単著執筆へ向けた準備作業の進捗報告会への参加者を若干名募集します。
著者について
- ヘルシンキ大学文学部文化学科 lehtori
社会理論・動体研究所研究員 - 主要業績:
- 単著『外国人をつくりだす』(ナカニシヤ出版、2017年)、 『 家 の歴史を書く』(ちくま書房、2018年/2022年)、『記憶を語る 歴史を書く』(有斐閣, 2023年)
- 共編著『最強の社会調査入門』(ナカニシヤ出版、2016年)
- 翻訳『オーラルヒストリーとは何か』(水声社、2016年)
- 論文等:https://researchmap.jp/sa420ra/?lang=japanese
著作の課題とスケジュール概要
作業タイトル
- 日本の出入国管理政策
著作の課題
- 戦後日本の出入国管理政策の変遷を辿ることで、日本社会における「外国人」の地位と権利の変化の過程を描写し、それらが「日本」と「日本人」なるものの範囲に与えた影響を明らかにすること
著作の構成案
| 前書き | |
| 序論 国家と人々の境界 |
|
| 第1章 大日本帝国の移住雨と出入国管理--1945年まで |
|
| 第2章 入管体制の成立--1945年から1972年 |
|
| 第3章 「第二の黒船」と難民条約--1975年から1989年 |
|
| 第4章 1990年体制 |
|
| 第5章 強化される管理と監視--2000年代 |
|
| 第6章 人種差別と出入国管理政策--2010年代 |
|
| 第7章 労働力の受け入れ--2020年代 |
|
| 終章 |
|
| あとがき |
関連既刊論考
| "Questioning Xenophobia in Japan: Racism, Decolonization, and Human Rights" | 2023 | Sustainability, Diversity, and Equality: Key Challenges for Japan. Tanaka, K. & Selin, H. (eds.). Cham: Springer, pp. 327-342 |
| 「いつ、誰によって入管はできたのか」 | 2022 | 鈴木江理子・児玉晃一編,『入管問題とは何か: 終わらない<密室の人権侵害>』 明石書店, pp.57-87 |
| 「そして「父」になる:出生後認知による日本国籍取得手続きから見る戸籍制度」 | 2019年 | 『理論と動態』vol.11, pp.25-41 |
| 「入国管理体制と「外国人」概念:「日本型排外主義」再考」 | 2017 | 『ソシオロジ』vol. 62(2), pp.3-20 |
| 「イデオロギーとレイシズム: 占領期日本の非正規移住者をめぐる入管行政の裁量権をめぐって」 | 2019 | 大賀哲・蓮見二郎・山中亜紀編『共生社会の再構築I: シティズンシップをめぐる包摂と分断』, 法律文化社, pp. 50-69 |
| 『外国人をつくりだす: 戦後日本における「密航」と入国管理制度の運用』 | 2017 | ナカニシヤ出版 |
| 「越境者の輪:占領期北東アジアの「密航」「密貿易」を支えたネットワーク」 | 2016 | 『理論と動態』vol.9(9), pp.20-36 |
| 「「朝鮮人」の登録:占領期日本の外国人管理政策と「朝鮮人」カテゴリーの再編」 | 2013 | 『ソシオロジ』vol.58(2), pp. 39-55 |
| 「「お前は誰だ!」:占領期における「不法入国」と「朝鮮人」の定義をめぐって」 | 2013 | 『社会学評論』vol.64(2), pp.275-293 |
執筆と報告会の概要
- 脱稿目標: 2025年末
- 進捗報告互助会スケジュール:
- キックオフを2024年3月に。
- 以降、1ヶ月に1度のペースで。
参加資格と参加申込
参加資格
- 学術論考の草稿、配布資料などの取り扱い作法を ご存知の方
- 他参加者に対して、エントリーメールにおいて丁寧な自己紹介を行っていただける方 (不十分な場合、参加をお断りしたり、著名人との自認がある方だと判断させていただくことがあります)
- 会の場において、ほかの参加者の意見をよく聴き、適切な受け答えの出来る方
- 構想・草稿などのブラッシュアップに貢献できる方
参加申込
進捗報告・検討会の参加者を 最大で20名 募集します。- 参加希望の方は、下記項目を記し 件名を「朴沙羅報告会2024参加希望」としたメールを
までお送りください。
- メールアドレス以外の情報は、参加者間で共有されます。
- 会に関する連絡は Google Groups で行ないます。
| 記載事項 | 注記 | |
|---|---|---|
| 1 | 氏名 | 漢字+フリガナ |
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| 3 | 所属と専攻* | * 研究者以外の方は関心のある分野、バックグラウンドなどを記してください。 |
| 4 | 自己紹介 | 研究関心などをお書きください。 |
